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FUJISAN漫録 ~インド編~
夫と愛犬・暖とのインド暮らし♥日々つれづれなるままに

アグラ城とタージマハールの旅 3


アグラの旅での

インド人ガイドさん

明るくって

よーくしゃべる ← 無口で暗いインド人を、わたしは知らない

説明し

当然のことながら

おすすめ撮影スポットをよくご存知でして


一度

わたしのiPadで私たちを撮ってもらったら ←お願いしていないのだけれど


それ以来

彼の片手には

わたしのiPadあるいはiPhonが……あり


おすすめスポットに来る

たびに

私たち入りde写真撮影~ (~_~;)



そんな訳で

ここからは


悪しからず…………


ふたり入りの写真が多くなります


さて時代は

第5代皇帝シャー・ジャハーンに移ります


シャー・ジャハーン帝は

白大理石を好み

城は白大理石や金細工などで

贅を尽くし豪華に造営されました



カース・マハール (皇帝の寝室)

夏涼しく冬暖かくの工夫がされていました



かつては、壁や天井には金や宝石が埋め込まれていたそうですが

イギリス統治時代に盗難にあったそうです



さて

いよいよ

ムサンマン・ブルジュ



元々は

シャー・ジャハーン帝が愛妃ムムタズ・マハールの居室として

建てた八角の塔でした

……が

晩年は

あまりの散財ぶりを見かねた息子第6代皇帝アウラングゼーブによって

皇帝の座から引き降ろされ、幽閉されたことから

「囚われの塔」と呼ばれます



シャー・ジャハーン帝は

この塔で

亡くなるまでの7年間

亡き愛妃に想いを馳せながら

タージマハールを眺め暮らしたと言われています


当時には珍しく室内には噴水も備わっていたそう……



父皇帝を幽閉し、皇位継承争いで兄弟3人の首を刎ね

ひぃーー((((;゚Д゚)))))))恐ろしや~~の

悪評高き第6代皇帝 アウラングゼーブ(Aurangzeb)

その時代には帝国の領土はインドデカン高原まで広がりました


………でこの辺から

お気づきになりましたぁ~!?


私たちが住むオーランガバード(Aurangabad)

アウランガバードとも発音し、そう呼ぶひともいます


Aurangabad = アウラングゼーブ帝が支配した街のことで

この地を自身の拠点としたそうです


私たちとは

全くご縁のないアウラングゼーブ帝ですが


かつてその皇帝に支配され

その名のまま街名が残ったオーランガバードから

やって来た私たち


囚われの塔から眺めるタージマハール

不思議と

ちょっぴり複雑な気持ちだわね~


な~んて

魅惑のインドの歴史を紐解く…………


どこでその紐が繋がっているかは

わかりませんね~♪


さてアグラ城も終盤にさしかかってまいりました


ディワニ・カース (来賓接見の間)


みなのもの

ひかえおろう~……の一般市民との巨大謁見の間 (ディワニ・アーム)



正面奥(写真右奥)には玉座がありますが

重厚な3廊式の柱で外(一般市民)からは見えないように設計されています


約1時間かけて見学終了


アグラ城(Agra Fort) 1983年 世界文化遺産登録


タージマハールへ向かいます


ダンニャワード
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